rhizome: フロント

坩堝コーヒー

ホテル最上階の部屋を予約したのだが、部屋の準備がまだできていないとフロントに言われる。仕方なく、コーヒーを飲んで待つことにする。ロビーには車体が青磁でできた自動車が停まっている。ところどころひびが入り、ひびに汚れが沈着し、車がかつて公道を走っていたことを思わせる。

僕は白いデミタスカップに錫(すず)を融かし、錫が固まらないように小さい火で底を炙りながら部屋の準備を待っている。

(2014年3月29日)

3D印刷された競技場

空軍を退役しコックをしている私を、彼は二人乗りステルス機のパイロットとして雇い入れたいと申し出る。ホテルのフロントに、囚人服風のTシャツが届けられる。これを着ても、彼の思い通りになるつもりはない。その意思表示のため、私は三角形の小型機に彼を乗せ、ぎりぎり海面をかすめて飛び、ブロッコリーの内部を曲芸飛行で切り抜けた。ブロッコリーの森には、下草ブロッコリーの入れ子層があり、完成間近の国立競技場もそこに生えている。3Dプリンタによって不当に早く完成に近づく国立競技場を、私も彼も快く思っていない。その点で私と彼は、大いに意気投合している。
完成記念パーティーに出された酒のあとのご馳走は、陶器のオーブンで炊いた白いご飯だった。

(2013年10月25日)

絵宿帳

海辺の高層ホテルに宿泊している。九階の部屋から一階のフロントまで降りてくると、恰幅のよい女性オーナーから宿帳を書くように言われる。今日までの分と明日以降出発予定日までの分を絵日記で記さなければならない。今日の夕方の予定は内緒なのでうやむやにしたいのだが、うやむやを描くための滲む画材が手元にない。絵で嘘をつくのは言葉で嘘をつくよりむずかしいから、とオーナーが言う。

(2012年9月30日)