rhizome: ベートーヴェン

針の独奏

サキちゃんのお兄さんが針を演奏するという。巧みに針を投げ、宙に浮く間どこにも触れていない針はそれぞれの音の高さで鳴る。遠目に黒っぽいほど音符だらけのベートーヴェンピアノソナタの楽譜を見ながら、彼は音符と同じ数の針を宙に舞わせ、同じ放物線を描く針の一群をシャーンと和音にまとめあげる。

(2017年9月27日)

人間でないもののための音楽

ベートーヴェン交響曲7番ピアノ独奏版を弾く永井さんを指揮しようと棒を振り上げると天窓越しに高いクレーンの先端から人が落下するのが見え、遠くでどすんと音がする。ここのひとびとは一様に顔まで覆うスウェットスーツを着て、人間であることを隠しながら暮らしている。人間の子供たちは、点在する砂場ごとに裸で埋まって身を潜めている。しかし、スーツの中を満たしている人間でないひとびとのための音楽は、人間にはまったく音楽として聞こえない。
高層マンションは大規模修繕のため、四階から上の階が分解撤去されている。天井を這う四階のパイプ群が軍艦のように空に向かって露出していて、複雑な構造が白一色に塗られたところだ。ハッチを開けて部屋のひとつに下りていくと岩間さんがいる。普通に暮らしているんだね、というと、僕の言語が理解できないという顔をする。

(2017年7月20日)