rhizome: トマト

トマト噴出祭

増尾さんの車でコンビニの駐車場に入ると、ざく切りのトマトをたっぷり溜めた車を停めている白服の女がいる。怪しい女の車からなるべく離れて駐車したのだが、女がトマトを宙に噴出しはじめたので、僕は移動式郵便局のドアに入り難を逃れる。ガラス張りの天井や壁にトマトの種や液体がたまり、外の景色が赤く歪んでいく。これは撮影のためにやっているから害はない、しかし迷惑な話だ、と郵便局員は言う。郵便局に入ってきた女を非難の意味をこめて蹴り出すが、女はただの客だったかもしれない。廃屋になった教会の敷地に、太いホースのついた掃除機が捨ててあり、トマトを噴霧した道具の一部だとすぐにわかった。誰もそのことに気づいていない。持ち帰ろうか、しかし実家の部屋を埋め尽くすがらくたに、この機械を加えることに意味があるのか。
実家の前の広い敷地が更地になっていて、かつて見たことがなかった奥に、ペンキ塗りの板塀のアパート群があらわになっている。だれも住んでいないから、あの建物も撤去してくれないと火事になったら怖いと母親が言うが、じっくり廃屋を撮影するまでこのままにしてほしい。

(2016年1月2日)

水に弱い文明

家の中のあちこちに、水が溢れている。友人が、開いた本の上に熟したトマトを置いていった。そのせいで、本がどれもみな濡れている。僕はそのことを猛烈に怒っている。鈴木健が肩に手を置いて宥めるように「水を必要とする生物である人間が、なんで水に触れちゃいけない紙の本を発明したのか、それを考えるべきですよ」と言う。

(2014年7月1日)

巨大トマトの娘

砂でできた巨大なさいころの中腹に洞穴があり、奥に行くほど狭くなる。ホーンスピーカーの奥を覗くようにして、Sとともに入ってきたこの砂のホテルの受付に料金を尋ねると、宿泊するなら夜11時以降にもう一度来るように言われる。奇跡のようにここまで来たのに、ふたたび砂のホテルの外に出て彼女の家まで歩いていくことになる。初めて会う彼女の父親は巨大なトマトを育てていて、ひとつ食べてみないかとすすめられるが、あまり旨そうではないそのトマトを一口かじって、絶対に食べきることのできないサイズのトマトを結局食べ残すならどこで残しても同じだということに気づいて、トマトにしては変にぶよぶよなその大きな物体を放置することにした。さてそろそろまたホテルに向かおうかとすると、弟か子供かわからない男の子が妙に僕になついてしまい、いっしょに門を出たところでじゃあここでばいばいね、と言ったとたんに泣きじゃくり、こんなに家族と仲良しになってしまっては彼女に邪心をいだけないではないかと困惑するのだった。

(2003年7月8日)