虫だらけ

父親と言い争っている。父親に非があることは、家族の誰から見ても明らかなのだ。僕は怒りよりも、意地悪い優越感をもっている。もうたくさんだ、とかなんとか言い放って、僕は台所に閉じ篭ってしまう。父親の情けなげな顔を思いうかべると、悲しい気持になるが、もう引っ込みがつかない。このままこの態度を押し通すしかない。台所には、ユスリカよりも大きい蚊がいて、なにかの拍子に粘着性のある面に捕らえられてしまったようだ。
階段の上で、父親の妹にあたる叔母が遠い所へ旅立とうとしている。僕はあなたのことを決して忘れない、というような感動的な台詞を言うべきかどうか迷っているうちに、事態はすっかり月並みに盛り上がってしまって、叔母は涙を流している。しまったと思う。こういうのは嫌いなのだ。
叔母の作ったポテトサラダを食べようとすると、そこには小さいナメクジのような生き物がうごめいている。別に食べても毒じゃないが、その虫がいるのは芋のところだけだから、それを取り除けば大丈夫、と叔母がしきりに勧める。虫なんか気にならないそぶりを見せるのが、叔母へのはなむけに違いないと思う。
台所の蚊は、腹の部分を高くもちあげて、産卵をはじめた。本当は、なにか対象物に産み付けるところだが、捕らえられているので仕方なく、自分の腹に卵を産み付けている。しだいに卵が堆積してうずたかくなっていく。一番はじめに産み付けられた下の方の卵は、早くも孵化が始まるのか、かすかに動きはじめている。

(1996年12月6日)