作動する賢い身体

杖道とアート (財)東京都剣道連盟の広報誌『東京剣連だより』77号(7月1日号)

中村理恵子2014

中村理恵子
アーティスト/東京経済大学客員教授

 まずこの絵をごらんください。日本美術の名作のなかには、まるで画家の一瞬の閃きや動きを封じ込めたような美しい筆勢の痕跡を見ることできます。この絵も、そのような流れを汲むものでありたいという願いをこめた、私の最新作品です。ただ、ここでは筆も墨も使っていません。両端にLEDを仕込んだ杖(じょう)を用い、杖道(じょうどう)制定形十一本目「乱留(みだれどめ)」の杖の軌跡を、打太刀目線で真正面からとらえたデジタル画像を処理し、手漉きの紙に印刷し落款を押したものです。

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「光る杖の軌跡-本気(マジ!)は美しい」(2013年制作)

作品をご覧になった方から、これは武道による美術か、あるいは美術の発想で臨む武道か、という質問をいただいたことがあります。率直な気持ちとして、そのどちらでもありません。私の関心はもっぱら「上手くなること」。一歩一歩稽古の積み重ねの中に見えてくる、上手くなる体験を記憶にとどめたい、体験を形象化したい。それは私にとってアートとまったくイコールなのです。

 

杖道との出会い 最新のアートから古への武道へ

十年前ひょんなことから杖道に出会うまで、私の関心は、最先端のデジタル技術をアートの世界に吹き込むことでした。1990年代に始めたアートプロジェクト「連画」は、当時普及しはじめた電子メディアを用い、他の絵描きと絵の交換を通して「連歌」のようにコラボレーション作品を成長させるものでした。美術大学で油絵を学んできた私にとって他人の絵に手を入れるのは、禁じ手でした。コンピュータ・グラフィックスを使いインターネットの時代がやってきたことが、可能にした手法です。連画は、相手の創作物に毅然とした態度で立ち向かいます。手加減なしです。そして同時に相手を尊重すればするほど、あたかも切り結ぶような緊迫した時間を生み出します。ありがたいことですが、連画はとりわけ海外から、日本の伝統に根ざしながらも、アート=個人という枠を打ち破る創作スタイルとして評価をいただきました。
2003年のある日、散歩道の途中に普段めったに立入らない市営武道館から「ィエイ!、ホー!」と耳慣れない、しかし力強い独特な声が聞こえてきました。これが杖道の稽古を目にした最初です。映画「スター・ウォーズ」に出てくる最長老ヨーダに似た先生方から、ひょいと手渡された白樫の杖を握った瞬間、とても気持ちよかったことをいまでも鮮明に覚えています。以来、型に嵌められることを嫌うアーティストであったはずの私の、杖道の型(正しくは形)と向き合う日々が始まりました。
しかし、どうも杖道の型はクッキーの型や鋳物の型ではないようです。師範たちは先達からの言葉として「形は死物にあらず生き物だ。形は生きている。」と語ります。およそ四百年前、夢想権之助が創始した杖道は、優れた師範たちの身体をメディア(=媒体)にして、無駄のない、命をやりとりする形情報を無形文化として現代に伝えています。
杖道の武器は、どこにでもありそうな棒切れです。これで斬ってくる敵を迎え撃ち征します。その命をやりとりする刹那、闘いの軌跡は思いがけなく美しい。しかし、やってみると解りますが、観客として外から見ていたんじゃわからない。対峙した者同士にしか捉えることができない「生きたかたち」があります。それこそは、わたしにとって芸術そのものです。

特別講義「杖道とアート」生きた形を求めて

東京大学に情報学環という専門分野の横断をめざした大学院があり、2008年から四年間、アートに関する講座を持たせていただきました。その中に私は「杖道とアート」と題したシリーズを何回か滑り込ませました。杖道の形に秘められた逆説的な自由度の中に、新たなアートの萌芽をみようというもくろみで、私にとってもわくわくどきどきの未踏領域です。
講義ではまず、高段者をお招きして全日本剣道連盟制定形ほかをその場で演武していただきます。その後で、「杖道入門!」です。

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特別講義「杖道とアート」ワークショップの様子(2011年、東京大学福武ホールシアターにて)

基本である「本手打ち」や「逆手打ち」から始めます。簡単そうにみえたのに、見るのとやるのではぜんぜん違うことにみなとまどいます。形があるんだから順番通りやればできる、という思い込みもすぐに裏切られます。自分と杖、そして生身の相手の作り出す間や間合いは型通りには進みません。真っ向から相手をとらえて、本気がこもった空間の緊張を直に体感することは、若い人々にとって非常に貴重です。こうした実習を通して、杖と自分そして相手の身体との関係を体感したあとに「絵を描く行為とはなにか」という問いに受講生とともに向き合います。

 

光る杖の対話「シェイク・スピアズ・ダイアログ」

杖道から出発した絵の対象は、リンゴや風景ではなくて、自らの動きであり、勝負であり、駆け引きであり、命がけであり、本気です。そこで、杖の先にさまざまな色を発するLEDを仕込んで、その描線を捉える環境を用意しました。
これらを使ったワークショップを「シェイク・スピアズ・ダイアログ」と名付けました(シェイク=振る、スピア=槍)。小手調べに、お互いのアウトラインをなぞってみようという課題を出したところ、照明を落とした講堂にいきなり二人の天使が、カメラの残像として舞い降りてきました。なんて幸先のいい船出でしょうか。

東大に天使が現れた!受講生たちによる光る杖を使った演武

新たな絵筆光る杖
美しく発光するさまざまなLEDを仕込んだ杖、オリジナルに製作

しかしこれは始まりにすぎません。良い絵を描こう、というのはここでは邪念です。そこに本気!が立ち昇る形を求めて、さまざまなルールや工夫を重ねて、現在も「シェイク・スピアズ・ダイアログ」は進行中です。

この春から東京経済大学コミュニケーション学部で、新講座「杖道とアート-作動する賢い身体-」がスタートしています。受講生のみなさんには、シラバスで次のように呼びかけました。
「この講義は、古の形武道である杖道と、メディア・アートをテーマにかかげます。一見かみ合わないふたつのテーマですが、狩人が命がけで獲物をしとめたり、昔の武道家が生死をかけて刀を切り結ぶ行為の中には、思いがけず”これは芸術だ!”という形が見え隠れします。アートの原点は世界とマジ(本気!)で向き合う身体と、身体の外との作用の痕跡です。毎回杖道を稽古します。動きやすい格好で裸足になれること。」

私自身ここでどんな「生きた形」と向き合えるのか、次はどんな天使が降りてくるのか、わくわくしながら取り組んでいます。そして、これまでの活動を支えてくださった多くの方々に、なにより杖道そのものに深く感謝する毎日です。

杖道のフォースとともに、日日アート!

(上記は、『東京剣連だより』77号よりより中村寄稿部分を抜粋し再構成した。紙面 全文が、東京都剣道連盟サイトに公開されている。PDF http://www.tokyo-kendo.or.jp/kenren-dayori/tokyo-kenrendayori-077.html )

Rieko NAKAMURA solo works |

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