rhizome: 有刺鉄線

鮭の手掴み場

そこは意外なほど近所なのに、いままで見たことのない谷あいの暗い道沿いある。有刺鉄線で囲まれた釣り堀に鮭が放流されていて、手掴みで鮭をつかまえる人で賑わっている。
僕はそこに鮭を捕りに来た。もうずいぶん遅い時間で、客はどんどん帰っていく。僕は水深が気になっている。係のおじさんが二人、運転免許証があるか、とたずねる。僕は免許をもっていない。今日はしかたないから入れてあげよう。
彼らはなにかを待っていて、それが来るまで僕は入れてもらえない。彼らと世間話をするのが、しだいに苦痛になっている。しかし愛想を保ちながら、彼らが堀の内面に作った透明な壁の話などを、感心しながら聞いている。どんどん暗くなって、どんどん客が少なくなる。

(1996年1月8日その1)