鉛筆のように細長いビルの内部に、たくさんの歌い手たちが右往左往している。人と重なるようにして狭い階段を降りながら、長く伸びたひとつの声を発すると、どこからともなく半音上の音が重なってくる。いつのまにか、旋律のない単音が重なっては消えるゆったりとした和声の集団即興が始まり、狭い建物の内部に満ちる。あるとき、全体が完全五度の二音に収束し、それがたっぷり長く続く。勇気をもって、半音上の短六度を加えると、ふたたび音の束は複雑にほつれはじめる。最後にもういちど、自分にシステムの趨勢がかかる瞬間がやってきたので、自分の発していた声を半音あげると、終止が訪れ、全員の声がしだいに遠のいていった。
(2002年5月5日)