本日は「ネットワークの中から生まれるイメージ」ということで、CG作家の安斎利洋さん、中村理恵子さんの2人の方にお願いいたしました。お2人ともバッググラウンドとしてはアート、デザインのほうから、コンピュータあるいは電子ネットワークの世界に入ってこられた方です。安斎さんはサピエンスという会社に所属して、PC98用のフルカラーソフトウエアあるいはそのハードウエア、スーパータブローというのはご存じかと思いますが、こちらの開発をされている傍ら、CG作家としてもアクティブな活動をなさっています。またサピエンスのサポートということで、サピエンスネットというパソコンBBSを6年運営されています。そちらに参加したのが私も電子ネットワーク、パソコン通信に入っていくきっかけになったという方です。
中村さんもそちらのパソコン通信に入ってきました。マスターネットというパソコン通信会社で仕事をされていたことがあり、そうしたきっかけから安斎さんなどとお知り合いになり、パソコン通信を活用したCGアートを2人でコラボレーションなさっています。
本日はもりだくさんの資料をお持ちいただいたので、早速その活動についてご報告いただきたいと思います。よろしくお願いします。 (司会:大日本印刷 大越 幹氏)
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安斎利洋 | こんにちは。安斎です。このセミナーはデュエットで登場する前例がなかったということですが、これからお話しする連画は決して一人でつくれるものではありません。というわけで、今日は二人で出てきたわけです。今日はネタと時間を半分半分にシェアしてお話ししたいと思っています。
昨今ネットワークの中のコラボレーションで研究をしてみたり、あるいは創作をしたり、それから開発をしたりすることが多くなってきていて、どうやったらそれがうまくいくのかという関心が非常に高まっていると思うのです。いろいろなところで連画についてお話しする機会があるのですが、そのたびに関心の高さをひしひしと感じます。
恐らく僕らのやっていることが、いろいろな組織が直面している問題とたまたまリンクしているということだと思います。今日は僕らがネットワークの中で活動しながら漠然と気がついたこと、確かに実感したことなど、お話ししたいと思います。
僕らは連画のことをジャズとか音楽のセッションに例えることがよくあります。それに従いますと、僕らはおのおのソリストとしても活動しているわけです。連画セッションを見ていただく前に、おのおののソロ活動のほうをまずご覧ください。 |
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安斎のソロ活動 |
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僕はCGを始める前に、銅版画(エッチング)をやっていました。これからお見せするのは僕が20歳ぐらいのころにつくったエッチングの作品です。今から思い返しますと二つばかりCGと共通する性質があるということに気がつきます。 ひとつは銅版画というのは銅そのものではなくて紙である、つまり銅の性質や腐食の痕跡を紙に転写したものであって、銅そのものを展示するわけではないのです。CGも「アルゴリズムを平面に転写するものである」と言えるわけで、そういう意味で共通しているということがあります。 もうひとつは……。ごらんになってわかるように、銅版画作品には非常に豊かなテクスチュア(1)(2)が出てきています。これは銅の性質からくるテクスチュアなのですが、僕はテクスチュアから刺激を受けてこの絵をかいていたという記憶があります。つまり絵をかくということは、自分の中から何かが出てきてそれを画面にぶつけるという一方的な作業じゃなくて、何らかの情報を受け取ることも含めた対話的な作業である、そういうことをこの絵をかきながら実感しました。このことは、CGを始めてからさらに実感するチャンスが多くなりました。 | |||||||||
次にお見せするのは、CGを始めて間もないころ、10年ぐらい前の作品です。 その当時はセルオートマトンに興味を持っていました。当時の僕のテーマはアルゴリズムの持っている癖や特徴と、どういうふうに対話していくかということでした。先ほどスーパータブローについて大越さんから話がありましたが、スーパータブローを開発した当時のテーマというのも、アルゴリズムを持ったいろいろなファンクションとどうやって人間が対話していくかということだったと思います。 |
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Generation 1-4 1985 |
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つぎの作品も、セルオートマトンをどこかしらに用いています。最後のひとつは『日経コミュニケーション』の表紙に使った作品で、水面の感じをセルオートマトンによって生成しています。 | |||||||||
Ramblers 1993 |
次にご覧いただくのは、Ramblers(ランブラーズ)という、ここ何年かにわたって発表している作品シリーズのひとつです。これは無数の枝が相互に作用しながら、ひとつひとつの枝は非常に単純な性質しか持っていません。結局これはネットワークなんですね。個々の枝がお互いに影響を及ぼし合って、それによって信じられないような多様な変化と形を生み出していくということです。 ネットワークの中から、指令を与えられていないのに自発的に何かが、たとえばテクスチュアのようなものが生まれてくる、最近はそういうことに非常に興味を持っています。ネットワークというのは、今お見せした作品のような数理的なネットワーク構造という意味もあり、人間と人間の社会的なネットワークによるメディアという意味もあります。そういうネットワークの持つ複雑で不思議なパワーについて、大きな興味を持っています。それが連画にもつながってくるということだったわけです。 |
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1993
次に中村さんの作品をお見せしたいと思います。中村さんはかつて油絵の具とか墨とか、そういうアナログ素材から出発しています。この作品は、中村さんの「陰陽五元素」というシリーズなんですが、はじめのものは中村さんの墨でかいた素描です。それを後になってデジタルペイントを施して、それが二番目の作品です。その次にシリコングラフィックスのインディを使って立体的にモディファイしたのが3番目の作品です。こように彼女の方法は変質してきているわけです。
彼女のCGは、何かの転写というよりも画面そのものに手を入れて塗っているというか
、画素を触っているような感じを僕は日ごろ感じておりまして、そういう意味では中村さんと僕は正反対のアプローチからCGに至ったと言えると思います。 |
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これらの作品を、彼女は大抵数メートルもある大きなパネルに出力して展示し、展示が終わると惜しげもなく、もしかすると惜しいのかもしれませんが、ばりばりと剥がしてそれを捨てて帰ってきてしまうんです。僕らの友達は「ああ、もったいない」といって、溜息を漏らすということがありました。 彼女にとって大事なのは、物体としての作品ではなく、情報を操るプロセスだったり、それをどうやって人の間に投げ込んでいくかということだったりするのです。そういうプロセスが楽しい。どうやってCGを人の間に投げ込んでいくかというようなことに対して、彼女はいろいろプランを持っています。それについては後でお話があると思います。 | |||||||||
連画のきっかけ |
さてそろそろ、連画の話に移ります。中村さんのソロ作品の中の、一番最後に出てきた黄色い作品ですが、これは彼女の1991年の作品です。これを僕がモディファイしたのが連画のきっかけなのです。 91年の暮れに「デジタルイメージの富山展」というのがあり、そこで富山の方々にデジタルペイントを体験してもらうというワークショップを開きました。そこに我々は講師ということで出かけていったのですが、何もないところから描き始めるというのは酷であろうということで、おのおの作品をサンプルとして持っていきました。 そのときにたまたま僕の目の前にあったのがこの作品なのです。僕はこの作品が非常に好きで、僕の頭の中では中村さんの作品としてもうフィックスされたものというか、乾いたものとイメージしていたのですが、実際にペイントソフトで手を入れてみると、当然のことながら手が加わるわけです。擦ればずれるし、触ればぬめっとくるし、まだまだ乾いていないわけなのです、僕は非常に衝撃を受けて、おもしろくなってやめられなくなりました。どんどん自分の手を加えていって、中村さんの絵をベースにした僕の作品といいますか、そういうハイブリッドをそのときにつくったわけなのです。 それが非常におもしろかったので、その翌年の春に、人の作品をモディファイするということを組織的な遊びといいますか、創作の手段にできないかということで、中村さんに電子メールで、「何でもいいから種を一つください、それを僕は何らかの形で別の作品にして返します、返したものは今度は中村さんのほうで何かモディファイしてまた戻してほしい、そうやって連ねていくことによって、恐らく絵巻物のような一連の作品が出てくるでしょう」そういう内容のメールを送ったのです。 そのときにふっと思いついて、中世に大流行した詩歌の創作技法である連歌、リンクト・ポエムのほうの連歌の音をなぞって、連画、リンクト・ピクチュア、画像の画という字を当てて、そういう造語をしたわけです。それが一番最初の「気楽な日曜日」というセッションの開始だったわけです。 |
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気楽な日曜日 |
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これが最初に中村さんが僕によこした素描です(CS1 ドッヂボール開始! ---Nakamura)。これは墨か何かで過去に書いたドローイングをデジタイズしたものですが、これが僕のメールボックスに入ってきたのです。 僕はそれをこういう形で返しました(CS2 煮るなり焼くなりなめるなり ---Anzai)。非常に単純なモデファイですが、これをフィックスするまでに非常に長い時間をかけました。やっぱり、他人の作品に手を入れるということは非常に何か変な感じだった、冒涜ということではないのですが、心理的な抵抗がありまして、非常に躊躇しながらという記憶があります。 それに対して中村さんはきちっとした線を崩して、いかにも彼女らしいこういう作品を返してきました(CS3 青い球ぁ ---Nakamura)。 僕は、ほとんど変化させなかったのが次の(CS4 今日は回線悪い。5度目 ---Anzai)。上のほうに手がにょきっと出てきました。ここら辺から何か生まれるといいなと思って手をかき加えたわけで、この中途な状態でそのまま返しました。 そうしたところ、中村さんはごらんのように、見事にそれをすぱっと消してしまったんですね(CS5 3バージョン目。うーん迷ったぜぇ ---Nakamura)。そのとき思ったことは、僕が手を入れた作品というのはあくまで僕の作品で(手を入れたというのは、先ほど絵に入れた手の形のことですけども)、それが消された作品はあくまで中村さんの作品であって、僕は中村作品に対して何かを言う資格はないし、責任もない、というようなことを思ったわけです。 次の作品(CS6 700Kの重い球 ---Anzai)、これがこのシリーズの最後になったのですが、これは非常にたくさん手がはいって複雑になってきました。僕らは作品を電子メールで送りますので、情報圧縮をかけてコンパクトにしますが、復元可能な圧縮をしますので、複雑な絵ほど圧縮がきかないのです。タイトルの700キロというのは、700Kバイトということなんですが、そこでこのシリーズは終わるわけです。 ごらんになってわかるように、最初のセッションはどんどん情報が蓄積していくという形をとっています。多少後戻りはあっても相手の残したものはなるべく痕跡を残す、相手の要素を消すということは相手を否定することになるのではないか、そんな気持ちが影響して、その結果こういうふうに情報が蓄積していくというタイプの作品になりました。 僕はこのセッションをやった後になって、非常におもしろかったのですが、しかしもっと自由になれるのではないかと思いはじめていました。 個々の作品はあくまで自分の作品であって、その中では全く自由だけれども、それを渡してしまえばそれは相手の自由である、そういうことが暗黙のうちにコンセンサスとしてふたりの間に育ってき始めたわけです。 僕たちの友人にクリスターとロランという二人のアーティストがいまして、今日本にいますが、クリスタはオーストリア生まれのチャーミングな女性で、ロランはフランス生まれの男性で、二人は非常に上手に共同作業をやっています。クリスタは植物学の下地があり、ロランは電子工学とかソフトウエアの下地も持っています。クリスタは対外的な露出とか交渉とかに非常にたけています。ロランはおとなしいというか内向的なのです。性格とか能力が相補的というか、お互いにお互いのないところを補い合っている、そういうタイプの二人で、実にうまく作業分担をしてすばらしい作品をいっぱいつくっています。 中村さんと僕はどうかというと、どっちかというとコンプリメンタリーではないのですね。僕らがもし一つのキャンバスに向かって、お互いに筆を入れて、お互いに足らない分を補い合っていったとしたら、恐らく大変なけんかが起こるのではないかと思います。僕らはある距離を保ちながら別の作品を、影響をし合いながら連ねていくというのがベストではないか、そう思っています。 僕らの作業というのはコラボレーションであったかもしれませんが、決して共同作業と呼べるものではないと僕は考えています。ですから連画に対する考え方とかイメージとか、あるいは連画とは何かということについて、今こういうふうに話していますが、実は普段話しているとずれるところもあるわけです。 飛躍しますが、その食い違いがあるということが、電子ネットワーク的なコラボレーションの特質ではないかと僕は思っています。しかし、彼女もそう思っているとは限らない、ということです。 | |||||||||
春の巻 |
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さて次に、92年の暮れから1年かけてじっくりと僕らの考えてきたことを具現した「春の巻」という作品があります。それは最初の作品の、どんどん情報が蓄積するという轍を踏まないように注意深く始めて、どんどん展開していこうという作品になったのです。 これが一番最初の作品です(SS1 発画 発芽す はじめの一歩 ---Anzai)。今度は僕のほうが初めの一歩ということで、自分の足を電子的な写真に撮り、加工して送りました。 それを中村さんは、最初のシリーズの展開とは全く違うやり方で返してきました(SS2 賀正!マルクスお食べ ---Nakamura)。構図も変わっていますし、上下もまるっきり逆に引っ繰り返して、さらに周りにブルーを描き加えています。これはアナログのペリカンか何かのインクをプリントアウトに直接描いて、それを再びスキャナーで取った後、デジタルで操作したようです。これは空から突き出した足のイメージということだと思いますが、この急展開によって、このシリーズは決定的に方向づけられたように思います。 それに対して僕は(SS3 全自動洗濯機と熟練について ---Anzai)、真ん中の足はなくしてしまい、周りのブルーが非常にきれいなので、デジタル的な処理でうずまき状に変形して残し、それに新しい要素として人物を加えました。そのときたまたま電子メールで話していたことは、熟練ということについてでした。新聞のコラムに、人生はどこまで行っても熟練しないということが書いてあって、そういえばついつい全自動の洗濯機でも見つめてしまう癖が僕らはあるね、というような話題をやりとりしていました。ぼくらは作品を送るときの電子メールのヘッダーを、作品のタイトルとして流用しているのですが、「全自動洗濯機と熟練について」というタイトルをつけて返したわけです。 それに対して次の作品が返ってきました(SS4 生きるって楽しいデータ ---Nakamura)。これは中村さんの作品ですが、周りをグリーンにして、草の中に囲いをつけ、芝生とプールみたいな感じになっています。たくさん数字が散りばめられて、これが何を意味するのか最初受けとったときはわかりませんでした。日付けかな、とかいろいろ考えたのですが、どうも思い当たる数字ではないし、ともかく謎めいた記号が入っているとおもしろいなと思いまして、僕はその次の作品を返しました(SS5 ピンクのテープ ---Anzai)。記号っぽいものをさらにいろいろちりばめたものですが、この作品を返してから彼女に聞いたら、前の作品の中の数字は、スポーツクラブで計測した心拍数とか体重とか血圧とか、それだけの話でした。この作品、画面が割ときちっとしたというか、整ってしまい、中村さんはそのために1カ月ぐらい悩んで、その結果が次の作品です(SS6 ミュージアム試案,私案、思案 ---Nakamura)。 当時彼女はマルチメディア関係の会社に就職して、CD−ROMのブラウザ風の画面をわざとパロディにして送り返してきました。一番上のラインに「どれが一番好きですか」といメッセージが入っていました。はじめの3つは前作品を違うやり方で加工したもの。ガンマ補正(色補正)をかけたり、上下引っくり返しただけでずいぶん違う作品になってしまう、そういうことを彼女はそのとき話題にしていて、それをそのまま画面に焼きつけたわけです。一つコマが余ったので、自分の顔を入れてみたということです。 | |||||||||
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で、どれが好きかと言われて、人間を選んだわけですが、手の部分を抽出して、それからその一個前にあったピンクのテープというテーマをコラージュして次の作品をつくりました(SS7 めくるめく不整脈 ---Anzai)。ここでぐっとシンプルになったわけです。 この三角形の手から、次の作品(SS8 隠し玉のスリービューティー ---Nakamura)への展開というのは非常に飛躍があります。色調は似ていますが、特に画像をサンプルした形跡がない。今まではずっと絵そのもの、イメージそのものをサンプルしてきたという連結があったのですが、ここではそれが切れて、三角形から「三美神」が出てきました。そういう意味的な連結が、ここで試みられたんですね。これを見たとき、僕はこのつけ方は、僕らはつけ方という言い方をしますが、このつけ方は是だろうか否だろうかちょっと悩みました。例えばイメージだったらイメージでつけるみたいな規則を壊していくということを中村さんは繰り返し試みていまして、それが連画の活力であったのではないかと今になって思うわけです。 それに対して僕は、単純にイメージを加えただけなのですが、この作品になりました(SS9 画しきれない三美神 ---Anzai)。ちょっと灰色が寒かったので暖かい色にして、人間も抽象的というか、シンプルな線にかえたわけです。 これに対して中村さんの返した作品(SS10 フローラ現る 一人増えた ---Nakamura)です。当時、ボッティチェリが話題になっていました。ボッティチェリの「春」という有名な作品があり、その中に三美神が出てくるんです。先ほどの三美神を左のほうに寄せて、右のほうに新しい人物を配し、「フローラ現る」というタイトルでこの作品をかいてきたのです。作品の裏側に別の作家の作品がある、そういうことがここであったわけですね。 僕はこの作品を見ていたら、左側の三美神のおなかのあたり、真ん中のあたりに何かすごくおもしろい形が塊になっているのを発見して、ここを何か使ってやろうと思いました。それをぐっと拡大したのが次の作品です(SS11 ヴィーナス誕生 父母ともに不明 ---Anzai)。よく見ると白い部分は背景の空のようにも見えますけれども、実はそれは先ほどの3美神の体なんですね。要するに背景と全景が入れかわってしまう、それによって新しい形が出てくる、そういうことをここでやったわけです。 この後に中村さんが返してきたのが(SS12 画像がはみ出しています ---Nakamura)。フレームが曖昧になっています。「画像がはみ出しています」というのは、ペイントシステムが大きすぎる絵をロードしようとしたときに発するメッセージなんですが、それをそのままタイトルにしてこういう作品になりました。フレームがなくなることによって明るいものが向こうからやってくるという、そう僕には見えました。 | |||||||||
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次の作品ですが(SS13 なつかしい目覚め ---Anzai)、前の絵の明るいイメージを、光が向こうからあふれてくるような感じに思って、目覚めのシーンだと僕は解釈してこういう絵をつけたわけです。 それに対して彼女は(SS14 PC>PC ---Nakamura)。このとき、たまたまホストを介さないで、モデム TO モデムで直にコネクトして送り合ったんです。それがおもしろかったので「PC>PC」というそのままのタイトルになったようです。目覚めのシーンを、白昼の野原に連れ出しちゃったんですね。 この背景にある黄色い線がすごくきれいだなと思って、それを何とか生かしたいと思い、次の作品になりました(SS15 黄色い地平線がみえた ---Anzai)。先ほどの人物をぐうっと前景に寄せた状態ですが、黄色い地平線を残してみました。 この次の展開がまたおもしろいのですが(SS16 金魚のお家 ---Nakamura)、顔を塗りつぶして金魚鉢にしちゃったんです。そこにいろいろな色の固まりが泳いでいる。実はこの金魚鉢の中の水は、先ほどの人物の右目ですね。右目をぐっと拡大して顔に重ねたのがこの作品です。 上のほうにあるブルーの色に注目したのが、次の作品(SS17 海につづく道 ---Anzai)。この頃は、絵を見ていると何か別のものに見えてくる、その別な見えたものに描き変えていく、そういうやり方が流行りというか、ここら辺で定着したやり方だったのです。 これが「春の巻」の最後の作品です(SS18 月世界のKING&QUEEN ---Nakamura)。左右にグリーンと、オレンジ色のキングとクィーンがいて何となくウサギに見えるんですね。それで「月世界」ということになるわけです。これを海外で発表するときいつも困るのは、月にうさぎがいるのは日本だけのようで、タイトルの由来を言ってもぴんとこないということが何回がありました。これで「春の巻」は終わりです。 このシリーズは一年かけて去年の終わりぐらいまでやっていたのですが、この作品は海外で多くの発表のチャンスを得まして、2月にフランスのimagina で招待講演があって、8月にはSIGGRAPHの二つの部門に入選して、大きなブースを用意してもらい、いろいろなことをやりました。 | |||||||||
目的は後から… |
SIGGRAPHで発表をしたときに、何回か「どうして連画をやっているのか」ということを聞かれました。実はこの手の質問が僕ら一番苦手でして、とにかくプライベートな遊びとして、楽しいから始めたことであって、どうしてやるのかと聞かれると非常に困るのです。初めに何かある目的が与えられて、それに向かって二人で協力して突き進むということは、僕らにとって苦痛というか、あまり僕ら向きじゃないのです。 僕は、ひょっとすると目的をもった作業というのは、ネットワーク向きではないんじゃないかと思うわけです。例えば普通の会社のような、ヒエラルキー構造の統制の効いた、いわゆるトップダウン型の組織にとっては、目的をあらかじめ定める方法がうまくいきます。しかし、連画もそうですが、ネットワークの中で生まれてくるものはもっと奔放で、目的はむしろ後からついてきます。 最近「複雑系」という言葉がよくいわれますが、その分野のキーワードにイマージェント・プロパティというのがあります。つまりネットワーク構造の中から、先ほどお見せしたテクスチュアのように、自発的に目的が現れてくるというのが、ネットワーク型の創作の特徴ではないかと思います。ごらんになるとわかるように、僕らは非常にきまぐれにやってるわけで「ああ僕らはこういうことを求めていたんだな」ということは、実はやっている過程の中で生まれてきています。言ってみればボトムアップのやり方が、連画のようなやり方が、ネットワークの上で一番効率がいいし、生産的ではないかと思うわけです。 プログラムを作るときに、モジュール本体は先送りにして、本体を記述する前に参照するという書き方があるのですが、それと同じように目的本体を先送りにして、ともかく記述をはじめてしまう、そういうやり方が複雑なネットワーク的なクリエーションのやり方になるのではないかと僕は薄々思っています。今までの方法というのは、ある利益を達成しろとか、効率を達成しようとか、そういう目的があって、その到達点に向かってとにかくコントロールしてそこに落とし込んでいく、そういう方法が今までのやり方だったと思うのです。そういう窮屈なやり方はいずれ滅んで、とにかくやり始めてみて、そこであるバランスが生まれたり、新しい別な目的が出てきたり、そういう緩やかなやり方が、これからの時代の方法ではないかと思います。 目的が後から生まれてくる方法にたけいてるのは、実はアーティストです。アーティストは、昔からそれをやっていたわけで、ようやく僕らの時代がきたと思うわけです。目的が後から生まれてくるということは、最近はインターネットが急激に成長しているわけですが、その背景にもあるのではないかと、僕は薄々思っています。例えば一冊の本が欲しい、それを探しに行きたいという場合に、その目的を達成するために一番効率のいい方法は、自宅にいて、オンラインで注文するなりして本屋さんに届けてもらう、それが一番早いわけですね。手間もかからないのです。実際僕も一時期そういうことをやっていて、だんだん本屋に行かなくなったことがあります。 ところがそういうのがつまらなくなってきた。本屋に行って無目的に棚を眺めるとか、散歩するとか、その行動から得る情報の大きさは目的を持って本を検索する行動よりも、何倍も大きな情報を引き出すことができるわけです。インターネットがおもしろいのは、データベースにある目的を持って検索するというのと違って、無目的に対話しているというか、つまり無目的を許しているというか、それだけのノイズに満ちているということが大事ではないか。例えば本屋の棚を散歩するみたいなことが、ネット上で可能になるから、人を鼓舞し、刺激するのではないかと思うわけです。必要なものとか効率的なものだけをネットワークの中に求めるとすると、多分ネットから何も新しいものは生まれてこないのではないかなと思うわけです。 | ||||||||
見る=創る |
今の話の裏づけといいますか、ノイズの中から何かが生じるということについて、おもしろい映像があるので、それをお見せいたします。これはある書籍からの孫引きで、出展が明らかではないのですが、おそらく伝言ゲームのように、ある絵を見せて、それを記憶をたどって再現させ、それを次の人に伝えるという、連画と少しだけ共通点のある方法で行われた実験だと思います。 < 梟 > 途中、形の肩のあたりに点々点々とありますね。これは、一番最初のフクロウの絵の中にはないのです。最初のフクロウの絵の周りにコピーのノイズというか、ごみのような形で周りにぽつぽつとありますが、それがだんだんああいう形になって、最後は消えちゃいますが、それが一時期主役にまでなって、一番重い情報になっているという過程がここから見えるのです。 こういうふうに、見るということは、何かを見てしまおうとすることなんです。自分が見たいように人間は見るという癖があると思うのです。先ほど連画の中でも、ウサギに見えるとか、人の顔に見えるとか、そういう何かに見えてしまうということがありますが、つまり、見るということと作るということが、ここではイコールになっている。それがここでは如実にあらわれていると思います。これが、人と人とがネットワークの中で何か新しい情報を生み出すということの原理を見事にあらわしていると思うわけです。 僕の場合も、電子メールで受け取った連画のデータをプリントアウトして壁に張るということからまず始めます。何日か見ているうちに、そこからいろいろななものが見えてきます。見ているうちに自分の手が入るようになって、相手の線が自分の線になって、相手の言葉が自分の言葉になって、というふうに、相手の力がその中に90%入っていても、100%以上それが自分のものになっていくという過程があるのです。 連画をやって、最近思うのですが、文化というのはそういうネットワークではないか、大げさにいうと、文化というのは壮大な連画状態ではないかと思うわけです。例えば他人のメッセージとか、他人の研究とか、他人の創作とか、そういうのが常に自分の中に流れ込んできて、そういう磁場の中に我々はいるわけで、それをさっきのフクロウの絵のように、まず受け入れることから始まって、それを見て模倣したりしているうちにその模倣を超える新しいものが出てくる、自分なりの見方で新しいものをつけ加えてしまう、そういう連画作用といいますか、そういうものが実は文化ではないのか。連画は二人の対話でしたが、連画状態が非常に大きなポリフォニーになっているのが、今まで綿々と続いてきた文化であって、その連画作用を飛躍的に活性化し、元気づけているのがデジタルネットワークなんだと思います。 | ||||||||
イメージは誰のもの |
最後に著作権の問題について言わなくてはいけないと思いますが、デジタル技術が著作権を根こそぎ揺さぶっているということは、ご承知のとおりだと思います。資本としての、財産としての情報が、これまでの物を中心にした資本の原理とうまくそぐわないから、いろいろ新しい原理を、たとえばネットワーク上の通貨をつくろうといったことを、いろいろな所で模索しはじめているわけです。
その財産の問題とは別に、著作権の中には財産権と人格権という二つの側面があるように、個人のアイデンティティの問題としての著作権があって、連画はその側面についていろいろなヒントを持っているのではないかと思うわけです。
財産としての著作権をデジタル文化の中で守るために、堰を切って自由な流れをせきとめようというのが現在の潮流だと思うんですが、僕らはそれに対してすごく危機感を持っています。僕らは人の影響を受け取って、それを人の影響のネットワークに返していきたい、そういう行動を連画でなくても、創作の中でやっていきたいと常々思っているのです。そういう流れの中で、自分の自分らしさが育っていくのではないかと思っているわけです。それは単に盗んだり盗まれたりということではなく、個人の活力みたいなものを、ワインのように醸成していく仕組みというか、そういうことをサポートするために著作権という制度はなくてはいけないのではないかと思います。
中村さんと二人で始めた連画ですが、ここのところもっと大きなリンクで、多人数の連画をするチャンスが出てきました。その一つは、SIGGRAPHで各国の作家とやった「国際連画」であり、またNTTのICCで若いクリエーター20人とのワークショップということで行った「二の橋連画」、これは12月に展覧会を開きますが、そういうことを試みています。
多人数での連画をしてみると、二人の対話ではあり得なかったいろいろな気持を体験させられます。例えば僕が絵を描き、その絵がある人に引用され、引用した人がほんのちょっとだけ変更してその人の作品にするということに対して、やっぱりある不愉快を感じます。今までの二人の連画ではそういうことはありませんでした。最初の連画の中でそういう少ない加筆で返すといったことは実際にありましたが、不愉快ではなかった。ところが、多人数でやってみると、あまり加工しない自分のメッセージが他人のメッセージにすりかわっているということに不愉快を感じる。それは著作権的な意味で作品を盗まれたということではないと思うのですね。連画というのは、本来発展しなくてはいけない、生き物のように意思があって、どんどん自分から発展、展開していこうという意思があるような気がします。それをせきとめる行動であるわけで、それに対する拒絶反応というか、文化を停滞させる動きに対する拒否反応みたいな気持ではないかと思います。
これからは、そういう情報が発展していこうという力に沿った著作権の考え方を考えないといけないのではないかと思います。つまりこれは引用の問題だと思うのですが、具体的に今はコピーとか引用を、とにかくせき止めようという方向があると思います。禁止するのではなく、それをどんどん推し進めていって、どんどんコピーできるようにして、しかしその中で作者の尊厳といいますか、作者とその作品の関係を正確に伝えるとか、情報の進展がないような形の引用は禁止するとか、そういう別の考え方があるのではないかと考えるわけです。
実際に僕らのネットワークの中で、どういう形で新しい著作権の考え方を体現していこうかということについては、いくつかの行動が始まっています。「ゼログラム」というプランが、いま走りはじめています。
連画を体験し、連画を考えることが、ネットワークの中での新しい引用のルールというものを構築するヒントになるはずです。連画を体験することによって、規則としてではなくて、実感に裏付けられた著作権というものが見えてくるように思います。
このへんで、幾つか課題を残したまま中村さんにバトンタッチしたいと思います。
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中村理恵子 |
連画についてだいたい安斎さんからありましたので、私は、いくつか具体的なものをランダムですが、お見せしながら話をさせていただこうと思います。 ことしは非常に忙しい年で、私もサラリーマンをしつつ、社外活動もこなし、あまりにおもしろ過ぎることにすっかり巻き込まれたというのが正直なところです。 我々はまず最初に非常に個人的なネットワークの遊びとして連画を始めたわけですが、1992年に、INAというフランスの国立視聴覚研究所のフィリップ・ケオ(Philippe Queau)さんと出会います。彼は哲学者であり、EC最大の映像/CG関連のイベント、IMAGINAを取り仕切る優秀なディレクターでもあります。彼は、世界を巡り、素材を探します。そのケオさんが日本に来て、非常に連画に興味を持って、我々に会い、連画のスライドを持って帰られたわけです。彼は、後日(1993年)『LE VIRTUEL』という本を著します。内容は、世界各国から彼が集めたバーチャル・リアリティ、仮想現実に関係した人や成果を紹介しています。その中に、我々の連画も入っていました。これが多分まとまって連画が海外に紹介された初めての例だったと思います。 この出会いがきっかけとなって、2月にIMAGINA'94(仏)に招かれて30分ほどレクチャーをしました。ここで、次の出会いがありました。SIGGRAPH'94(米)The EDGEのチェアであるジャッキー・モーリー(Jacquelyn Ford Morie)さんです。今度は、彼女に招かれ米国へいきました。 SIGGRAPHは、ことしで26回目ぐらいですか? 大学の先生はじめ、研究者が手弁当で集まり、先進的な研究活動、その発表をすることに端を発し成長して、今のような世界的なCG関連のイベントに育ったと聞いています。非常に大がかりで、派手で、コンピュータに関連した最先端の世界をリードするような情報の集まるところだという印象を受けました。スタッフや参加する人間に要求されることは、なにせ、時代の精神のその一番さきっぽを意識した展開をせよということ。きちんと意識をもって、与えられたチャンスに応えろということです。ニコニコしながら。 今年は米国のオーランド(orlando)で開催されました。3万5000人の入場者があったそうです。 | ||||||||
連画プロジェクト |
SIGGRAPHに参加するに当り、「連画プロジェクト」という形にしました。連画を立体的にみせたかったのです。ついては、4つの柱で構成しました。
SIGGRAPHで実際の連画制作を見せるための安斎さんと私のセッション「オルランドの夢」。これは開催地のオーランドにひっかけました。かなりウケもねらいましたね。現地にいっていきなり始めるのでは、なかなかうまく調子がでないと思い、あらかじめ日本で先行して作品を作りためて、そのつづきを現地でリアルにみせるという作戦でいきました。それがひとつのめ柱。
二つ目が、CGデータを和紙にプリントアウトして、ワイヤーの間に間に“浮遊”させる。ワイヤーをブースに張り巡らし、スポットライトの光が透過する和紙プリントをフワフワ空中に吊って、ネット上で行き交う連画のイメージを表現しました。
三つ目は、電子ネットワーク上に仮想のギャラリーをつくり、制作途中のアメリカでの作品をどんどんネットワーク上にアップして、日本にいながらSIGGRAPHの会場と結ばれたイメージを体験できるというもの。
四つ目の柱は、多摩ニュータウンにT-BRAIN CLUBというデジタルアート専門のギャラリーがありますが、そこで電子ネットワーク上にアップされたデータをダウンロードして、プリントアウトして展示するというもの。これは、時間と距離の隔たりがありながら、米国会場から発した情報を日本の会場でも同じように展示する。デジタルデータの特質と電子ネットワーク、この二つのいいところを十分使いきった内容になりました。
「オルランドの夢」というシリーズは、それまで、例えば、第1シリーズ「気楽な日曜日」は私のドローイングが種であったり、第2シリーズ「春の巻」は安斎さんの足をポラロイドで撮ってデジタイズしたものを種になっています。この「オルランドの夢」は、ちょっと違っています。私が、ある日、非常にはっきりした夢を見たんです。それを忘れないうちにパソコンにむかいすぐタイプしました。あまりにうまく書けたもので電子メールで安斎さんにさっそく送ったんですね。きょうもコンピュータを持ってきていますが、かなり生活の中に根づいてまして。紙と鉛筆というよりも、何かを残すためには即!タイプみたいなクセがついてます。安斎さんは、このテキスト状態の夢をCG作品にして電子メールしてきました。私の見た夢のテキストが今回このオルランドという連画セッションの種になったわけです。 |
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話が前後しますが、SIGGRAPHに行く寸前、T-BRAIN CLUBで「一日連画」をしました。簡単にいうと早碁みたいなものですね、一往復の時間を決めてやりとりする、そういうデモンストレーションをしました。20分ぐらいで仕上げてLANでつながれたマシン上で送り合う予定だったのですが、LANがうまくつながらなくて、フロッピーで手渡しするなんて場面もありました。このときの種は安斎さんが「オルランドの夢」制作過程の中でできた制作のカケラをいただきまして、安斎さんからはじめて2往復と半分、5作品できました。 |
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一日連画 |
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このイベントが7月17日にあって、我々は7月20日にはアメリカのオーランドに向かってたつというタイミングでした。この一日連画は、かなり疲れました。これから本番ということで、大丈夫かなという気持でしたが、16時間飛行機の中でたっぷり休養という芸当をこなして、なんとか目的を果たし無事帰ってこれました。 |
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オルランドの夢 |
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次に少し「オルランドの夢」をおみせしましょう。先ほど話しました私の夢のテキストから安斎さんが赤い靴と建物をイメージしたCGをおこしてきました。(OR01 靴の形をしたホテルをめざして---ANZAI
1994/06/15)それを受け取った私は、夢は赤いベネチアンレッドをした湿り気のある煉瓦を連ねた建物の群れと、何か水のイメージがあったのを思い出して、安斎さんのイメージに水を流し込んでみたのです。この作品の題名を(OR02 夢のスゥイング---NAKAMURA 1994/06/18)としました。夢のテキストから数えてゼロ、一、二作目ですね。
次に安斎さんの返球ですね。(OR03
山水に囲まれて---ANZAI 1994/06/19)ですか。やっぱり水がどこかにありましたか、ここで具体的な女性のイメージ、フォルムが出てきました。
私はここでバックにある赤や青の柱の色をぐっと抑えてしまい、無彩色としました。もっとぼやーっとした夢の世界にいたかったのです。現実に出してしまうのではなく、もっと曖昧なイメージにもう一度戻したかったということで、これをつくってみました。(OR04 ささやく らんらんららら、、、、---NAKAMURA
1994/06/30) 次の作品(OR05
片羽根の天使たち---ANZAI 1994/07/11)。これは、だいぶ明るくなりまして、安斎さんの作品ですが、ずいぶんアメリカに向けて気持ちが高揚していたのではないでしょうか?
暖かいオレンジや黄色、そこに登場する3人の女。かなりはっきりした人物と彩度の高い色使いの組み合わせです。
その次がオーランドに入って一作目、通算六作目の私の作品で(OR06 クァルテット---NAKAMURA 1994/07/25)。単に前作の一人をコピーして人数が4人になったからです。このときはまだ現地でのマシンのセットアップも不安定でそんな中で制作してました。
七作目(OR07 まぶしい水浴---ANZAI 1994/07/26)。安斎さんのオーランドでの一作目です。本当は一日に一往復して、七日間ありましたので、七往復する予定だったのですが、実際には一往復しかできなかった。やっと八作目も日本に帰ってきてから私が返して(OR08 ストーファのサウナは恐い---NAKAMURA 1994/09/11)、現在安斎さんのところにいっています。
それぞれのセッションで 毎回、種が違いますし、我々を取り巻く環境とか、日常にはさまり込んでくる事象、そんなことが我々個人にいろいろ影響します。作品も当然その波をうけての変化もありますし、イメージもどんどん展開されます。連画のおもしろいところは、リンクトイメージ、自分が巻き込んでくるイメージの変化をリンクし、それを相手に送る、それがまた戻ってきて、そのイメージをリンクし、そのプロセス自体から受ける刺激や創意もリンクしてしまう。まるで渦巻のように内側に巻き込んでいるかと思うと外に向かって渦が勢いよく飛び出していくような、激しいアウトプットとインプットのせめぎ合いを感じられるあたりでしょうか。 |
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国際連画 |
さて、もう少し、SIGGRAPHのお話を。
非常に苦労したけど、でもおもしろかったのが7月13日にPC−VAN上にオープンした「電子画廊ゼログラム」という仮想のミュージアムの運営です。当初はSIGGRAPH開催中、仮想の作業場、展示スペースということでオープンしました。
この「ゼログラム」上で、SIGGRAPH中に国際連画という大きな連画の座を組みました。SIGGRAPHはたくさんのCGアーティスト、ビデオアーティストが来てました。多くの人が制作のどこかにデジタルを使ってます。なかなか優秀な人たちですが、ちょっと危ない人も中にはいますが、才能は確かです。国際連画は、そういう人たちを会場でつかまえる、それから日本で七名ぐらいのCGアーティストを組織して待っていてもらう。その日米のアーティスト間で連画をやりました。インターネットでかっこよくやりたかったのですが、この時は、オーランドから一番近いタイムパスのアクセスポイントを介して、東京のPC−VANにつないで、「電子画廊ゼログラム」の上で国際連画を展開していきました。CGデータをデータエリアに連ねていき、「次はだれがやるんだ」とか「この絵はだれがやったんだ」というようなコミュニケーションのボードを並行に持たせて、展開していったわけです。
我々がどうして一往復しか自分たちの連画をやれなかったかというと、この国際連画の交通整理をやっていたから。かっこよくいえば、ネットワークマネージャー。
芭蕉の時代には、さしずめ執筆(しゅひつ)役というところでしょうか。実際、非常に通信状態が悪くて、データのダウンロード、アップロードに手間取って、朝の8時半から深夜0時まで残業に次ぐ残業です。日本ではめったにやらない残業をアメリカにきてやるはめになろーとは、皮肉なもんです。その日の連画データをすべて日本に送りホテルに帰り、次の日は、朝、会場にいったら真っ先に日本からデータ引っぱるという日々が続きました。時差の関係で、12時間前に送った連画データには、必ず返信がある。12時間の時差は、まことに効率のいいキャッチボールができる環境を日米間に作りました。ソクソク連画やり、すぐ帰ってくる。その時差がちょうどいい展開になって、国際連画のほうは、我々のセッションに比べて、それはもーたくさん作品を産みだしたのです。
もうひとつネックだったのは漢字です、なかなか通らないです、日本語ってのは。9600bps
でやろうと思ったのですが、文字化け、度重なるハングアップにめげました。2400bps
で何とか通信できましたが。モニターに、PC−VANの画面が出てきて、漢字が出てくると、シーグラフに集まっている外人たち、あちらからみれば、私たちが外人ですね。その彼ら、「うわーーー、OH!」と声を上げて、ものめずらしそうに画面に見入るんです。彼ら、ほとんどネットワーカーです。カッコイイんです、名詞に必ずアットマーク入りのインターネットのアドレスが刷ってあります。その彼らにとって漢字が出る画面が非常に新鮮なんですね。
連画プロジェクトひっさげてのSIGGRAPH参加ですが、苦労もしましたが、現場で連画デモやったということ、和紙出力のプリントによる演出が回りがメカメカしているなかで----シリコングラフィックスのオニキスや、データグローブ、ヘッドマウントディスプレイ、配線だらけの何をするのかわからない機材がそこらへんにゴロゴロしてました----そんな中で、ちょっと心配なくらい、繊細ではかないイメージを会場内にアピールしました。さらにネットワークを介して日米間で大きなリンクをつくって国際連画をやっていたということ。これらのことが、我々に対する評価をかなり高めたと思っています。 |
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シェアアート |
さて、その後の電子画廊<ゼログラム>ですが、今後の運営の意味はどの辺にあるかということですが。デジタルデータをゼログラム、重さのないものだと考えて、「シェア・アート」、シェアウェアのアート版みたいなもんですが、「このデータが気にいったら、作者に対価をください」を基本に、この考えを何とかうまく発信できないか模索中です。
私たちはこんなふうに考えてます。我々のつくった連画は電子ネットワークの中にあるうちは自由で、何の制限もない。作品データには、簡単なテキストをつけます。我々からのメッセージとして。決まりはせいぜいこのテキスト情報くっつけたまま転載してね、という程度だと思いますが、そこはきちっと決めてません。そういうものをつけてどんどん勝手に個人がダウンロードします。それを自分の生活に人生に----大げさですね、ちょっと----取り込んでいただく。そういう自由な扱いをよしとして電子ネットワークに流そうと思っています。データはどんどん自由にもっていってください。そして個人が、「うん!これ気にいった!!」と思ったら、その意志表明として、自発的に「私は、このアートを自分で選びとったよ、これからも頑張りなね。そして、また、私がほしいなって思えるような作品を作ってね。ついては、一作品について¥3,000の使用権料(感動料または、共感料)を×月×日アナタ方、作者宛に支払いました。ご確認お願いします。」という内容の電子メールを必ず作者にいただく。これは一種、発信した個人と受信した個人の【出会いの証書】です。
我々も工夫し、提案をしながら、シェア・アート<ゼログラム>をどういうものに落とし込んでいったら楽しいかということを提供する。受信した個人からも我々のシェア・アートとどんなコラボレーションをしたか表明してもらいたい。そんな双方からの提案や実際のアクションを集めてシェア・アートを育てていきます。PC−VAN上の電子画廊<ゼログラム>を最初の「シェア・アート」発信地点として、1995年の1月にリニューアルします。
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Siggraph'94 連画展示ブース |
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和紙プリント |
話がもどりますが、もう少し和紙プリントについて。 これは、「オルランドの夢」のテキストから最初の絵になったものですが、単に和紙に出力したというだけではなくて、CRTは光源を直接見る形になりますが、これは透過した光でCGを見せています。SIGGRAPHに集まった人たちは、何かそれぞれに非常に懐かしい感覚を持ったようです。我々は当然これは障子紙だってわかってますから、「あ、障子紙か」と。ところが彼らは、「昔お母さんに連れられていったどこか街角の何かを思い出す」とか、なにかしら自分の記憶や経験を刺激されてたようです。みんな立ちどまる、そのはかないワイヤーにつられて透過している和紙にプリントされたCGのデータが、言葉の壁を超えていろいろな国のいろいろな環境で育った人たちの何か懐かしい感情をくすぐったようでした。 | ||||||||
連画は |
私たちは、こんな形で、imagina とかSIGGRAPHという世界的なCGイベントに招待されるチャンスをいただいたわけですが、この経験を通してやはり感じるのは、いつも立ち戻るのは自分というメディアについてですね。自分という精神を映すメディアに考えが至るわけです。私は随分長い間、泥臭い絵の具とか彫刻とかに触れていたわけです。それがある偶然で、パソコン通信の会社に入りました。その次がマルチメディア制作プロダクションです。この会社はテレビとか映像から立ち上がってきた会社です。マルチメディアソフトの制作現場では、映像から立ち上がってきて、そのノウハウを活かしてソフト作ってるところと、対して、強力なライバルとして、出版系から立ち上がってきた方たちがいます。テレビ、映像、出版というきちっとした方法論をもってつくられたCD−ROMというのは説得力があります。それと比べると、パソコン通信などは、まだまだその使い方すら途上というところですね。ですが日々感じることは、双方向のメディアというのは何かテレビや出版にない揺らぎがあるメディアだと思っています。 安斎さんは言います、「これからは何かまず始めて、実際に何かを作っていく過程で何かがわかる。目的は後からついてくる、そんな時代に来ている」。これは、「いきあたりばったり法」とでもいうのかな?。 映像系とか出版系でなく、もうひとつ、別の方向からの流れをつくれないかと思います。両方から流れている流れと、まだ力が弱く、うまく表現できないのですが、双方向のネットワークというメディアから立ち上がったものが、この二つを突き上げる形のベクトルが発生する。そうなるとマルチメディアというのがもっとおもしろくなるんじゃない?、と感じています。 ネットワークは、今パソコン通信という形で具体的に使っていますが、テキストだけでも十分コミュニケーションできるのではないかと思っています。絵があればいいとか、音があればいいという話ではないと思っています。ただ連画の作業を通して感じることは、今日はたまたま安斎さんが隣にいて発表していますが、これってすごく不思議。連画の制作現場は、それぞれの個人的なスペースでやってるもので。「共同制作じゃない」って、彼がいってましたが、確かにそうなんです。実はこんな機会でもないと、彼の話をまとめてこんなに聞いたことはないし、安斎さんが連画のやりとりの中で時々動揺しているなんてこともあまり知らなかったことです。今日は、なかなか新鮮な驚きがありました。 どんどん送って返ってくるからあまり悩みもなくやっているんだろと思ってやっていましたが、なかなか深いものがあったんですね。 ところで、日常的な連画のやりとりについてですが、我々は時差もうまく使ってます。彼は非常な夜型で、朝7時ごろ「おやすみ」って寝るタイプです。私は朝5時ごろ「おはよう」って起きるタイプですので、全然個人の生活ペースが違います。こんな場面でもパソコン通信は有用に働いています。個人のペースを大事に物事をすすめることができます。 私にとってCG表現は、自分の持っているものとか、自分の考えをかなり純化して、個というものに結びつけたイメージに帰結して送ることができるひとつの手段なのです。ですからネットワーク上でテキストのコミュニケーションもしますが、連画は自分と他人との対話、自己との強烈な出会い、なんていう経験を演出します。かなりコミュニケーション能力も鍛えられました。 お集まりになった方々、それから連画の活動をごらんになった方々は、「これは特別な人間がやることではないか」と思ってませんか? もちろん、まず「描いてみよう」と思わなければ話が進みませんが。連画という現象、その仕組みは、いろんな場面で応用できると思います。もし、「私がコンダクターになって一度、連画の座を開いてみよう」ということがありましたら、ぜひお手伝いに伺いたいと思います! | ||||||||
連画ブース |
最後にsiggraph'94会場での連画のブースのビデオがありますので、それを見ていただいてからご質問をお受けしたいと思います。
The EDGE
エリアの連画のブースの模様です。The EDGE
という大きなフロアは、これからの時代を担う子供たちのためのキッズゾーンと二分する形で運営されました。空中にワイヤーでつった連画ブースが見えます。上からわざわざ大きなライトを当てて、下からもスポットであおってもらって、なるべく効果的な演出をお願いしました。連画ブース内のマシン構成が見えています。IBMのマシン2台、それから98マシン、これがPC−VANにつながっているマシンです。国際連画でつらねた作品を毎日プリントアウトして、名前を書いてメッセージを書いて張り出しているとこです。途中で3DのCG作家が入ってきたり、それからアニメーターが入ってきたり、とうとうThe
EDGEのチェアーマンのジャッキー・モーリーみずから筆をとり、連画しました。最後、安斎さんが、元祖連画を実際に制作しているところが映っています。
以上、何かちょっとまとまりのない話でしたけど、これで終わります。
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質疑 |
(司会)どうもありがとうございました。何かご質問はございますか。 (松崎)ピープルワールドの松崎です。 安斎さんにお伺いしたいのは、先ほど著作権のことが出ましたが、今お二人でキャッチボールを顔が見えてる世界でやられてますね。先ほどのお話の中でネットワークに掲示をしてということになると、作品の流れがものすごくネットワーキングされてきます。自分がコントロールできないところになってきますね。そのときの、オリジナリティの著作権とか、途中の著作権とか、その辺のことをどのようにお考えになっているのかお聞かせ願いたいと思います。 中村さんにお伺いしたいのですが、作品をつくり上げていくプロセスというのはおもしろいなと私も思いましたが、今回提示されているような作品を、最初から一連の流れの作品として見るべきなのか、それともどこかで切って一枚一枚をこれが作品の一つ、それから隣にあるのも作品の一つとして見るべきなのか、どのようにお考えになっているのか教えていただければということです。 (安斎)著作権というのは、最近IDとかパスワードを盗む問題が出てきていますが、アイデンティティの問題と密接にかかわってくると思うのです。例えば自分のメッセージがほかの人の名前で出てくるということはいいとしても、他人のメッセージが僕の名前で出てくるということに対して僕は非常に危機を感じるわけです。僕の絵がネットワーク空間の中に流れていって、例えばドラえもんの絵がばあっとはめ込まれたとしますね。それはそれでいいんですが、それが僕の名前で出てきた場合には困るわけです。 そこを守る仕組みとしての著作権を僕は非常に大事だと思います。が、そこにドラえもんがつくことに対して僕は何も言えないのではないかと思うのです。そういう意味で、同一性保持という形で、自分の作品が変形されるということを制御しようというやり方がありますが、それは逆だと思う。 コントロールできない引用に対して僕らはもうちょっと自由になって、自分のメッセージがどう変形しようともそれはもう僕のものではないのだから関係ない。それは人のメッセージとして、こだまのようにエコーして、そういう空間の中に飛び出していったメッセージですからもう自分のメッセージではない。ただそれが不当に自分のメッセージとして広まってしまうことがないような仕組みを考えるべきであって、そうではない形でのコピーに対してはむしろ僕は寛容になるべきだと思っています。 だから僕らの作品が今ゼログラムを通して出ていって、いろんな制約はつけますが、それで連画を始める人がいてもいいと思います。それはそれでおもしろいですし、ただそれは僕がやったことではなく、あくまで僕が種をつくったことである、そう思っています。 (中村)作品を一つずつ、どう感じているかということですね。作者としてはというかこの連画をやっている人間としては、安斎さんの作品も含めてリンクした形がやはり一番満足できる形です。ところが、連画の画集をつくって友人にさしあげますと、好きな一枚を選んで飾ってあるのです。そのときの自分のイメージや好みを抽出してきて、自分の部屋を飾ってるんです。それでいいのではないかと思っています。ただ連画の醍醐味というのは、全部連動したもので見ることなので、、、連なりの中の一枚と単独の一枚では、印象が違ってくると思いますね。しかしネットからのシリーズ全部のダウンロードは、現時点では大変だと思いますが、、、。 (安斎)著作権と今の話と両方にかかる問題なのですが、SIGGRAPHで「この絵を買いたい」と申し出る人が非常に多かったのです。幾らでも出すという人が一人いました。「お土産でタダで持って帰りたい」という人もいました。アメリカは家が広いせいで、このように大きなサイズの絵を飾るところが多いせいか、うなずける値段で買いたがる方もけっこういました。 そういう場合に、僕と中村さんの連画を売ることは全く問題ないのです。売れたお金は折半すればいいわけですから。しかし、いろいろな人のリンクの中で連画をつくった場合に、その絵には何パーセントか他の人の要素が入っていてミックスされた一つの絵であるわけで、それを自分の著作だといって売った場合に、その利益を完全に一人占めすることにはまだ抵抗があるわけです。そこに何か利益を還流させるような仕組みを考えていかないと、連画はもう売れないものになってしまうと思います。それは一つの課題だと思っています。 △ OCT.1994
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補注 |
セルオートマトンは、一様なセル空間(たとえば数珠つなぎであるとか格子状であるとか)に固定されたセルと呼ばれるモジュールが、隣接する他のセルと相互作用することによって、個々のセルの単純な行動規則からは思いも寄らない、複雑で豊かな変化の履歴を展開する。
セルオートマトンは、個々のセルが近傍のセルから情報を入力し、次のタイミングにどういう状態になるかという関数によって、その振る舞いが決定される。ウォルフラムは、その振る舞いを、次の4つのタイプに分類している。 |
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連画に限らず、ネットワーク上のさまざまな情報の展開過程は、セルオートマトンの見せる不思議な豊かさ、不思議なパワーの出現過程と、共通の言葉で説明できるように思われる。
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【資料】 |
kusahara | |-------+ | | sylow1 kinpe1 | pascal | barbara | suely | |-------+--------------+ | | | otoge1 osamu yumehime1 | | | amatul |-------+ |------+ | | | | | troy coco1,2 adele frode yumehime2 | | |---------+ bill | | | yumehime3 kandava tim | | | anzai patrick +----+------+------+ | | | | | | otoge3 sylow4 HAL1 sylow2 kinpe2 otoge2 | ・ | +-----+ sami1 morstap | | HAL2 sylow3 ・ sami2 ・ kusahara2 ・ sami3 |
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Siggraph94 |
宗匠(そうしょう/コンダクター):草原真知子 執筆(しゅひつ/マネージャー):中村理恵子 安斎利洋 |
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