rhizome: 西口

黒パンの風景

駅西口の坂を登りつめた行き止まりの正面に、教室ほどの大きな厨房がある。持ち帰り用の窓から真理子さんと店の中を覗くと、料理人が黒い膜のようなパンを中華鍋の裏面に貼り付け、次々と焼いている。火が通るとパンごとに違う模様が現われ、膜の表面に違う場所の風景が広がる。風景のすべてのバリエーションを収めようと思いカメラを構えるが、数枚焼き終わったところでパン種が切れてしまう。しかたなく店内の調理器具にカメラを向けると、みなカンブリアンの樹につながる奇妙な形をしている。

(2015年3月21日)

探すために探す自転車

久しぶりに出会ったprotonとは話すべきことが限り無くあるのに、pは携帯電話で母親に九時に帰る約束をしてしまった。もう時間がない。家に送りながら夢中で話しているうちに、ふと西池袋界隈でpを見失ってしまう。
僕は夢中でpを探し始めるのだが、pを探すための自転車を探さなくてはならない。なかなか駅前の自転車置き場にたどり着けない。ガクランを着た大男が振り返りざま、この道を誰の許可を得て歩いているのかと凄む。そういえば昔、西口公園に自転車を乗り捨てたことがある。行ってみると、意外にも放置されたままの自転車を見つけ、試しに乗ってみると前輪がどこかに擦れて動かないのは昔のままだ。ボルトを外して組み立て直すと、見事に動きはじめた。
これに乗ってpを探しはじめることができる。達成感に満たされながら、人影も疎らな夜の街をあてどなくただ走っている。

(1997年3月3日)