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「TheWall」を実践して
ある日、中川先生より、「TheWall」というインターネットを使ったおもしろい試みがあると伺った。インターネット上に大きな壁を作って、みんなでそこに自由にいたずら描きをしようというものだという。 私は、子どもたちの造形活動に興味をもっている。近年、子どもたちの表現がかたくなり、自由さがなくなっているのではないかと言われているが、私もそれを感じていた。特に「先生、これしていいですか?」とか「これでいいですか?」と聞きにくる子どもたちが多いことが気になっていたのである。自分の表現なのに、なぜ自分で選択したり、決定したりできないのか…。 以前は、子どもたちが自由にいたずら描きのできる空き地や古壁があった。今は、町がきれいに整備されて、あるいは子どもたちに時間がなくなってしまって、そういう体験ができなくなっているのであろう。そこに、この「TheWall」のお話がきたわけである。 もちろん、即、お手伝いをさせていただくことにした。どんな壁ができるのか。どんな子どもたちの表現が見られるのか。わくわくした。
■子どもたちの様子 パソコンクラブ24名の子どもたちと、5年1組29名・3組28名の子どもたちが、「TheWall」を体験するチャンスをいただいた。それぞれ違った反応があり、おもしろかった。ここに、いくつかの事例を紹介することにしよう。
■初めての体験<5年1組> 「コンピュータ上に、大きな壁があるんだって。そこに自由にいたずら描きしていいんだって。楽しそうだよね…やってみない?」という教師の提案に、コンピュータ大好きの1組の子どもたちは、「やる!やる!」と大騒ぎで当日を迎えた。 「早くやりたい」という思いを胸に、「TheWall」の用意されている視聴覚室に入った子どもたちは、輪になって並んでいる10台のコンピュータを見て、一瞬緊張していた。サーバーにアクセスするやり方やお絵描きツールの使い方の説明を受けたが、表情はかたかくおっかなびっくりという感じがした。でも、お絵描きツールはいつも使っているKidPixと同じようなのですぐに慣れたようだった。 そのうち、中村さんの「ねえねえ、描いたら送ってみようよ。友だちのところからも、キミの描いた絵がみえるんだよ。」とのアドバイスで吉野さんたちが絵を送った。 「見えた!見えた!」子どもたちの表情が動き出した。 しばらくすると、佐藤さんの絵に近岡さんが重なったようだ。「ええ〜〜こんなになっている!」重なった途端、大きな歓声!あちこちで大きな声が出ると共に、コンピュータに向かう子どもたちの目つきが変わっていった。
「TheWall」は、子どもたちに壁が円筒になっているというイメージをもたせるために、一本の曲線がずーっと引かれている。おもしろいことに、子どもたちの場所取りの様子をみていると同じような場所を選んでいるのである。急カーブになっているところだ。だから、初めのうちは同じ場所にどんどん絵が重なってしまうという状況が起こった。 それと同じで、子どもたちがどの絵に続くけるかと、絵を選ぶ様子を見ていると「かねゴジラ」(金田君が描いたゴジラなので、「かねゴジラ」だ)に人気が集中していた。「かねゴジラ」が黒になったり、カラフルになったり、飾りがついたり…、塗りつぶされると「かねゴジラを救出しよう!」とまた描き始めるといった状況だ。 そのうちに、「塗りつぶし大作戦」が始まった。自分の絵の上に誰かが描き込んだり、変な(まき○○を描いたり、ただ字をかいたりという)表現が出てきたころから始まった。塗りつぶすことが楽しくなった子どもたち、塗りつぶした上にまた絵を描き始める子どもたちなど、様々であった。 また、「バーチャル雪まつりin札幌」というメディアキッズのイベントにも、1組は参加している。そこに参加している子どもたちは、この「TheWall」で雪像のアイデアを練り上げようと考えた。テーマを決め、一人の子が初めのイメージを絵に表し、次の子がもっとこうしたいということで絵を描き加えていくというものである。つまり、この試みは「TheWall」のもつ「連画」というコンセプトに見合ったものであっったのである。ところが、この子どもたちはとても困ってしまったのである。せっかく描いたアイデアの上に、他の子の絵がのかってしまうのである。これは、システムのバグだったようであるが、子どもたちは残念がっていた。
■2回も挑戦<パソコンクラブ> 一回目の「TheWall」との出会いは、ソフトとしてまだ完成されていなかったため、お絵描きツールの練習となった。初めのうちは、ただ線の太さや色を変えたりして表現していたが、そのうちに線を透明化させてその色の重なりを楽しんだり、阿部ちゃんのように独特な色使いをして個性的な表現をしたりする様子が見られるようになった。それらが、サーバーにつながったときに他のどう変化するのか興味がわいた。 1組の子どもたちの取り組みは、「自由に描ける」ことを強調したために、他の友だちのイメージを自分なりに広げようという動きが少なかったように感じた。そこで、「TheWall」に2回目の挑戦をするパソコンクラブの子どもたちには、条件をつけた。「友だちのイメージをもとに、そこに自分のイメージを重ねて描こう!」
範囲指定しているところに半分顔を描いている三沢君がいた。「どうして半分しか顔がないの?」と尋ねたところ、「あとの半分を次の人に描いてほしい。」のだという。つまり顔の連画だ。ところが、ここで子どもたちが予期しなかったことが起きた。半分の顔を描いてサーバーに送ったところ、何ともうその顔の上に絵が重ねられていたのだった。「雪まつり」の子どもたちと同じで、とても残念がっていた。 また、ほとんどの子どもたちが、縦長に範囲を指定していたが、飯島君はその空きスペースを使って横長のスペースを取り、へびを描き始めた。それによって、隣の絵と絵につながりが感じられるようになった。このような柔軟なアイデアがもっと出るとよかったと思う。 そして、さとし君とあべちゃんは、パソコンクラブの活動で特記する子どもだ。さとし君は、筆の赴くまま色を変えただけでどんどん描き込んでいく。それをサーバーに送ると「あ、さとしがやった絵だ」とあちこちで声が飛び、そこに描き加えが起こった。グニャグニャ線の中から顔を見つけだしたり、違う色でグニャグニャ線を付け加えたりという様子が見られたのである。さとし君は、そうやってお友だちに自分の表現が変えられることを楽しんでいた。ところが、逆にあべちゃんは、一人のときにはその個性的な絵が目をひいたが、今回はそれほどでもなかったのである。一人当りの描く時間が短かったため、あべちゃんはイメージを練り上げる時間が足りなかったのであろうか。
■図画工作科としての「The Wall」の活用 「造形遊び」に、大量の絵の具やスポンジローラーなどを使って、大きな紙に自由に表現を楽しむ題材がある。この「TheWall」も「造形遊び」の一つの題材として、コンピュータの壁に自由に描くという授業ができそうである。今回取り組んでいて「先生、これしていいですか?」とか「これでいいですか?」といった質問は1つもなかった。それどころか「先生!見て見て。こんなになったよ。おもしろいよ!」「先生、こうしたいんだけどどうしたらいいのかなあ」というような積極的な反応ばかりだった。 また、「友だちの思いを感じてそれをイメージのもとにして、さらに自分の表現を加えていく」という「連画」をやることもできる。図画工作科は、個人の活動が大きな位置を占めているが、このような活動を設定することによって、友だちの思いを感じることやそのおもしろいところを自分の表現に生かして互いに認め合うという活動が出てくると思う。
■これからの「The Wall」に望むことは… ・もっともっと大きな壁がほしい。筆の太さのわりに、画面が小さい。3・4人が場所取りするとスペースがなくなってしまう。 ・四角い形で範囲指定するが、絵がきれてしまうのが気になった。範囲指定がいろいろな形でできるとか、きっちりと範囲が指定されてしまうのではなくはみだしOKとなると、もっと楽しい。 ・お絵描きツールの中に、やはり「塗りつぶし」機能が欲しいと思う。また、壁に描くというイメージをもっと強調して「壁がざらざら」になったり、「チョーク」や「ろうせき」で手ごたえを感じながら線を描いていくというのも小学生にはおもしろいと思った。 ・やはり、範囲指定が同時に重ならないようなシステムにしてほしい。
[横浜市立大口台小学校教諭 佐藤幸江]
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